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大阪地方裁判所 昭和43年(ワ)779号 判決 1972年1月22日

原告 多田巳一

右訴訟代理人弁護士 加藤正次

同 森昌

同 高木伸夫

右訴訟復代理人弁護士 井岡三郎

同 宿敏幸

同 鈴江勝

同 市橋和明

被告 中木村重夫

右訴訟代理人弁護士 後藤陸朗

被告 池田昭子

右訴訟代理人弁護士 西浦義一

主文

被告等は各自原告に対し金三〇万円宛およびこれに対する昭和四三年二月二五日より完済まで年五分の金員を支払え。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は三分し、その一を原告の負担とし、その余を被告等の負担とする。

この判決は原告において被告等に対し各金一〇万円の担保を供するときは原告勝訴の部分に限り仮に執行することができる。

事実

原告訴訟代理人は「被告等は各自原告に対し金五五万円およびこれに対する昭和四三年二月二五日より完済まで年五分の金員を支払え。訴訟費用は被告等の負担とする。」との判決ならびに仮執行の宣言を求め、その請求の原因として次のとおり述べた。

一、原告はスミレ商会という商号で宅地建物取引業を営むものである。

二、被告中木村は昭和四二年二月中頃その所有する大阪市城東区古市北通五丁目三六番地の二宅地一〇〇坪(以下本件土地という)の売却の仲介を原告に委託した。

三、被告池田は昭和四二年三月二六日土地の買入の仲介を原告に依頼した。

四、そこで原告は本件土地を被告池田に紹介し、現場に案内し、売買価額につき被告等と種々交渉を重ねた結果、被告等は坪当り金一六万円の価額で売買することに一応同意した。

ところが被告池田は他に適当な土地を物色してみるから本件土地の売買契約の締結を一時延ばす旨原告に申出たままその後原告に連絡せず、原告の知らない間に、被告等は本件土地につき価額を金一、六〇〇万円(坪当り金一六万円)とする売買契約を締結し、昭和四二年八月二四日被告中木村から被告池田にその所有権移転登記をしてしまった。

かように被告等は仲介報酬の支払を免れるため原告を除外して直接売買契約を締結し、原告の仲介による契約の成立を妨げ報酬請求権発生の条件を故意に妨害したから、原告は被告等に対し相当額の報酬請求権を有する。

五、宅地建物取引業法第一七条、建設省告示昭和四〇年第一一七四号に基づく大阪府知事の告示によれば、売買の仲介の場合に宅地建物取引業者が受けることのできる報酬額は取引金額二〇〇万円以下の部分につき一〇〇分の五以内、二〇〇万円を超え五〇〇万円以下の部分につき一〇〇分の四以内、五〇〇万円を超える部分につき一〇〇分の三以内と定められており、これにより計算すると代金一、六〇〇万円の売買の仲介報酬の最高額は金五五万円である。そして右最高額が本件における相当報酬額である。

六、よって各被告に対し金五五万円およびこれに対する訴状送達の日の翌日である昭和四三年二月二五日より完済まで民法所定年五分の遅延損害金の支払を求める。

被告中木村訴訟代理人は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として次のとおり述べた。

一、請求原因第一、二項の事実は認め、第三、五項の事実は不知、第四項の事実中被告等が原告主張のとおり本件土地の売買契約を締結しその所有権移転登記をしたことは認めるがその余の事実は否認する。

二、被告中木村は本件土地に売地である旨の看板を立て、原告ほか数名の宅地建物取引業者に売却の仲介を依頼したのであるが、その依頼に際し売買価額を手取り坪当り金一六万円と指定した。ところが昭和四二年四月頃原告から坪当り金一六万円の価額ならば買手がありそうであり、その売買が成立すれば報酬として金三〇万円をもらいたいと被告中木村に連絡してきたので、被告中木村は売買価額坪当り金一六万、報酬金一〇〇、〇〇〇円ならば承諾する旨返答し、かつ本件土地は地目が田であって直ちにその所有権移転登記をすることができないと告げたところ、原告はそのような状態では右売買の交渉は進められないといい、買受希望者の住所氏名を明らかにしないまま、被告中木村との話合を打切った。その後被告池田が前記看板を見て来たといって被告中木村方を訪れ、坪当り金一六万円の価額で本件土地を買いたい旨申出たので、被告中木村は被告池田と右価額で売買契約を結んだのである。したがって被告中木村は故意に原告の仲介による売買契約の成立を妨げたものではない。

三、仮に被告中木村の報酬支払義務があるとしても、前項の事実殊に仲介委託の趣旨を考慮すると、請求原因第五項の報酬額は高額に過ぎる。

被告池田訴訟代理人は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として次のとおり述べた。

一、請求原因第一、二項の事実は不知、第三、五項の事実は否認し、第四項の事実中原告主張のような所有権移転登記のなされたことは認めるがその余の事実は否認する。

二、被告池田の夫で信仰レザー株式会社の代表取締役である池田助二は昭和四二年三月二六日頃原告事務所を訪れて工場用地を物色中である旨を話したところ、本件土地ほか二、三の土地現場に案内され、その際助二は本件土地入手の希望を原告に洩らした。その後一週間位の間に二回ほど原告は助二に電話をかけ本件土地に関して話をした末、本件土地の売買契約が成立する見込のない旨助二に告げた。助二は引続き工場用地を物色中、同年六月初頃偶々本件土地附近に至ったところ、本件土地に買主を求める旨の掲示がなされ連絡先の電話番号が記されていたので電話をかけ、その所有者が被告中木村であることを知り、同被告と交渉のうえ本件土地の売買契約を締結し、被告池田の名義でその所有権移転登記を受けたのである。かようなわけで被告池田は本件土地売買の仲介を原告に依頼したことも、その仲介による契約の成立を妨げたこともない。

立証≪省略≫

理由

一、請求原因第一、二項の事実は被告中木村との間では争がなく、被告池田との間では≪証拠省略≫によって認めることができる。

二、≪証拠省略≫によれば、原告はその営む宅地建物取引業スミレ商会の支店を大阪市城東区今福北五丁目五番地におき多田育弘をその業務に従事させていたこと、被告中木村は昭和四二年二月中頃原告に本件土地売却の仲介を委託した当時他の宅地建物取引業者二、三名にもその仲介を依頼していたのであるが、原告に右委託をした際坪当り金一五万円の手取りになる価額で売却するよう希望したこと、被告池田は山林を売却して入手した金員で新たに土地を購入し、これをその夫池田助二が経営する信仰レザー株式会社の営業所用地に提供するため助二にその買入方を依頼していたこと、助二は同年三月中旬頃被告池田を伴ってスミレ商会の前記支店に赴き、育弘に対して営業所用地の買入の仲介を依頼したので、育弘は即日両名を本件土地ほか二ヶ所に案内して検分させたところ、助二は本件土地の買入を希望したこと、助二は原告に対し当初売買価額を坪当り金一五万円とすることを望んだが、原告が坪当り金一六万円でなければ売買契約の成立は困難であると説明し、同年五月頃までの間助二と数回接衝した結果、助二は仲介報酬を金一〇万円以下にするならば売買価額を坪当り金一六万とすることに同意する旨表明するに至ったけれども、原告が右報酬額に難色を示し、原告と助二との交渉は進展しなかったこと、原告は助二との交渉と並行して、被告中木村に対しても買手の氏名を明らかにしないまま坪当り金一六万円で本件土地の買受を希望する者があることを告げてその価額での売却方を勧めたところ、被告中木村は仲介報酬を金一〇万円にするならば右価額での売却に応じてもよい旨応答したが、原告が報酬額を金三〇万円にするよう要請して両者間にその折合がつかず、結局原告は被告中木村の希望価額での買手を他に探す旨同被告に告げたこと、被告中木村は本件土地に売地の看板を立て連絡先として自己の電話番号を掲示しておいたところ、これにより助二は売手が被告中木村であることを知り、同年六月頃同被告方を訪れて本件土地を買受けたい旨申込んだこと、その際被告中木村は助二の言辞から同人が被告中木村においてかねて売却の仲介を依頼しておいた宅地建物取引業者より本件土地の紹介を受けその買受を希望するに至ったものであることを察知したが、助二が取引業者との問題は同人において処理する旨述べたので、右取引業者の名を確かめないまま、即日助二と本件土地につき買主を被告池田、価額を金一、六〇〇万円(坪当り金一六万円)とする売買契約を締結したことが認められ、原告、被告中木村、同池田各本人訊問の結果中右認定に反する部分は措信しがたく、他に右認定を左右するに足る証拠はない。そして同年八月二四日被告中木村から被告池田に本件土地の所有権移転登記がなされたことは当事者間に争がない。

以上の事実によると、被告池田は助二に土地の買入方を委任し、これに基づき助二が同被告を代理して、本件土地の買入の仲介を原告に委託し、かつ、被告中木村とその売買契約を締結したものというべきである。

三、ところで宅地建物取引業者は商人であるから委託を受けてその営業の範囲内の行為をしたときは委託契約に報酬についての定めがない場合においても相当の報酬を請求することができるわけであるが、不動産売買仲介による報酬を請求しうるためにはその媒介によって売買契約が成立することが必要であると解すべきところ、第二項に認定した事実によると、被告両名間の本件土地の売買契約は原告の媒介によって成立したものとはなしがたい。しかしながら右事実、殊に被告池田の代理人助二は原告方従業員の案内によって本件土地を検分し、それが原告において売却仲介の委託を受けている土地であることを知り、かつ、売手が坪当り金一六万円の価額でならば売却する意向であることを原告から告知され、これに応じて自らもその価額で買受ける意思のあることを原告に表明し、ただ仲介報酬の額につき原告と折合がつかないでいるうち、現場に立てられた看板から売手が被告中木村であることを知って直接買受の申込をし、一方被告中木村も仲介報酬の額につき原告と話合がつかなかったもののその勧めにしたがい坪当り金一六万円で本件土地を売却する意思のあることを原告に告げており、同被告より売却の仲介委託を受けた宅地建物取引業者が助二に本件土地を紹介し、これにより同人がその買受を希望するに至ったものであることを知りながら敢て右申込に応じ、その宅地建物取引業者を除外して助二と右価額の売買契約を締結したことなどに徴すると、被告池田の代理人助二および被告中木村は故意に原告の媒介による本件土地の売買契約の成立を妨げたものと認めるのが相当であり、したがって原告はその媒介により売買契約が成立したものとみなして被告等に対し報酬を請求することができるというべきである。

四、そこで報酬額について判断する。

原告本人訊問の結果によれば原告と被告等の間の仲介委託契約においては報酬の額につき約定のなかったことが認められる。そして昭和四二年当時社団法人大阪府宅地建物取引業協会において宅地建物取引業者が受けることのできる報酬の最高額を原告主張のように定めていたことは証人吉岡健三の証言により明らかであるけれども、右証言中不動産売買の仲介委託契約において報酬の額を定めない場合には業者において右最高額の報酬の支払を受ける慣習があった旨の供述はにわかに採用しがたく、他にかかる慣習の存在を認めるに足る資料はない。したがって報酬額は仲介のために要した労力費用、不動産の売買価額、仲介委託契約成立の経緯、その他諸般の事情を斟酌して決定するのが相当であり、かかる見地から第二項の事実その他本件証拠に顕われた諸事情を検討考量すると、原告が各被告に請求しうる報酬は金三〇万円と認めるのが妥当である。

五、そうすると原告の本訴請求は被告等に対し各金三〇万円およびこれに対する訴状送達の日の翌日である昭和四三年二月二五日より民法所定年五分の遅延損害金の支払を求める限度において正当であるからこれを認容し、その余は失当であるから棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九二条、第九三条、仮執行の宣言につき同法第一九六条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 石川恭)

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